国税庁が問題視、販売休止続く「経営者保険」のゆくえ

2月14日に生命保険各社が経営者向け定期保険などの販売休止を決定した、いわゆる〝バレンタインデー・ショック〟から1カ月後の3月14日、代理店の経営者らで構成される一般社団法人 保険乗合代理店協会が開催した全体会議で「緊急テーマ」としてこの問題が取り上げられた。「代理店全体の収入保険料に占める経営者向け保険の割合は約4割。これをどうやって穴埋めするか?」。「ここ2〜3年は節税保険のバブルだった。年間の手数料で1億円を超えた募集人もおり、ダメージは大きい」。「経営者向け保険の販売で関係ができた中小企業マーケットを維持し、従業員の個人保険を開拓したい」――。パネラーとなった代理店経営者はこのように話し、約140人の参加者とともに危機感を共有して、今後の対応策などを話し合った。

経営者向け保険とは、主に中小企業の経営者・役員が対象の保険商品で、法人が契約者となる。経営者の死亡時の保障を円滑な相続・事業承継に活用したり、解約した際に戻ってくるおカネ(解約返戻金)を退職慰労金などに充てることも想定されている。支払った保険料は損金扱いできることも多いため節税目的に活用されることも少なくない。

国内の生命保険会社の約半数に当たる約20社で販売されており、推定市場規模は年換算収入保険料で8000〜9000億円。2017年度の個人保険・個人年金保険料約2兆6000億円の3割にも達している。マイナス金利の影響で年金保険など個人向けの貯蓄性保険が縮小する一方で、急拡大している保険商品だ。だが、国税庁が同保険の販売による行き過ぎた節税を問題視したことから、各社が販売を自粛。生保業界全体では経営者向け保険の6〜7割の商品が販売休止に追い込まれており、中堅生保では経営者向け保険の全商品の販売をストップしている会社もある。新たな課税ルールが決まるまでは販売自粛は続く見通しで、生保各社の来年度業績に与える影響は小さくない。

定期保険の税務上の取り扱いを問題視

 国税庁が問題視しているのは、経営者向け保険の中でも特に定期保険に関する税務上の取り扱いについてだ。基本的に、法人が加入した生命保険料は、貯蓄性の高い養老・終身・年金保険などを除いて、企業会計上で損金算入が認められている。保険期間中に死亡保障を備え、保険料が毎年変わらない定期保険は、法人税基本通達(9-3-5)で、保険料の全額損金算入が基本ルールとなっている。ただし、一口に定期保険と言っても多様な形態がある。たとえば、満100歳までなど長期間の保障を提供する「長期平準定期保険」や、死亡保険金額が保険期間の経過で上がっていく「逓増(ていぞう)定期保険」などは、基本通達とは別に個別通達が出ており、全額損金にならずに2分の1・3分の1・4分の1損金になるケースなどが細かく定められている。

この経理処理の違いは、長期平準定期保険や逓増定期保険は解約した際に、解約返戻金が発生することにある。なぜ掛け捨てが基本の定期保険に解約返戻金が発生するのか? これらの保険は保険期間に後半になるに従って高まる死亡リスクを平準化して、毎年変わらない保険料としている。保険期間の前半部分は、リスクが高まる後半部分の保険料を「前払い」という形で支払っていることになる。解約した際はこの分の保険料を戻すことから返戻金が発生するのだ。逓増定期保険の中には支払った保険料の80%以上が解約時に戻ってくる保険もあり、将来戻ってくるおカネを前払い保険料で払っているのであれば、それは損金ではなく、資産として計上すべきというのが国税庁の考え。長期平準定期や逓増定期保険については、個別通達によって全損の扱いを制限するなどして、過度な節税の動きにこれまで歯止めをかけてきた。だが近年、生保各社の経営者向け保険の販売競争が一段とヒートアップする中で登場したのが新たなタイプの定期保険で、これが国税庁を大いに刺激した。

赤信号、みんなで渡れば怖くない

 「とにかく違和感があった」――。都内で複数の生保商品を扱う乗合代理店経営者のAさんは、2017年4月に発売された日本生命の「プラチナフェニックス(ニッセイ傷害保障重点期間設定型長期定期保険)」という新商品を初めて見た際の印象をこう語る。同商品は、死亡保険の保障がついた定期保険だが、保障開始から最初の10年間の「第1保険期間」は、病気による死亡は保障せず、ケガや事故などの保障(傷害死亡保険金)だけになっている。加入から10年目に解約返戻率(既払い保険料に対する解約返戻金の割合)がピークを迎えて、そこで解約すれば、保険料の80%以上が戻ってくる設計になっている。しかも、国税庁の基本通達(9-3-5)に則って開発されており、保険料は全額損金扱いが可能との触れ込みだった。

ただ、逓増定期保険などのように、前半部分の保険料に「前払い分」を多く含ませ、解約返戻率を高めた定期保険は、国税庁の個別通達で損金算入割合に制限が加えられている。プラチナフェニックスも第1保険期間(傷害死亡保障のみ)と第2保険期間(病気・傷害死亡保障)とのリスクの差を利用して解約返戻率を意図的に高めた商品だ。「いつかは国税庁の指摘を受けるに違いない。でもあの日本生命が金融庁から認可を取った商品だから大丈夫かも…」。こう思ったAさんは、「『赤信号みんなで渡れば怖くない』という気持ちから販売してしまった」と心情を吐露する。

こうした保険は、年間の保険料が数百万円になることもあり、その分が全額損金となれば中小企業経営者が飛びつくのは目に見えていた。しかも10年後に解約すれば、80%以上の保険料は戻ってくるのだ。受け取った保険料は雑収入となり課税対象となるが、退職慰労金や設備投資など打ち消せるだけの費用があれば節税効果は高くなる。病気に関する簡単な告知をクリアすれば持病ある経営者でも加入できたこともあり、プラチナフェニックスは飛ぶように売れた。

その後、東京海上日動あんしん生命やアクサ生命、朝日生命などが同様の災害保障重視型の定期保険を発売。2018年3月に販売した第一生命グループのネオファースト生命の「ネオdeきぎょう」に至っては、傷害死亡しか保障しないリスクが小さい前期期間(第1保険期間)を最短5年に設定。その分前払い保険料を多くして5年後の解約返戻率をピークに持ってくる設計にした。しかもこの商品には〝カラクリ〟があった。保険料に占める「付加保険料」の比率を高めて、「異常なほど」(ある保険募集人)保険料を高く設定したのだ。保険料は、死亡保険金を支払う財源などになる「純保険料」に、保険会社の経費に充てる費用などの付加保険料の合計で決まる。付加保険料は保険会社の裁量で自由に設定できるため、このコストを高く見積もり、保険料を釣り上げていたのだ。通常、保険商品では同じ保障内容であれば、保険料が安いのにこしたことはない。だが、経営者向け保険では保険料が高ければ損金扱いの金額がそれだけ多くなる。利益を出している中小企業ほど節税効果が大きくメリットを感じやすい。

昨年3月に同社はプロ代理店などを通じて販売攻勢をかけたことで、同商品は爆発的に売れ、3月の新契約年換算保険料は100億円を超えたという。第一生命の営業職員経由の販売も加わった18年度は、4〜12月のネオファースト生命の新契約年換算保険料は前年同期比で40倍の888億円に膨らんだ。「国税庁にとっては、予定していた税収が取れない想定外の事態だったのではないか」との憶測も業界内では流れる。

付加保険料の差で保険料3倍も

こうした付加保険料を上げるテクニックは、ほかの生保会社の商品でも見られた。通常の法人向け保険では、保険料に占める付加保険料の割合は2〜3割が適正だ。だが、これを6〜7割に設定している会社もあった。この結果、ほぼ同じ保障内容なのに保険料が3倍も違うこともあった。実は付加保険料の設定については、金融庁も問題視しており、昨年6月以降に生保各社にアンケート(法人向け定期保険の付加保険料実態調査)を取り実態把握に動いていた。問題点を指摘された会社は、おおむね今年4月から保険料を下げるなど商品内容の改定を予定していた。その矢先の2月13日に国税庁が生保41社の担当者を緊急招集し、経営者向け保険の税務の取り扱いの見直しを検討していると伝え、翌14日に大手生保が販売休止を発表するなど、冒頭の〝バレンタイン・ショック〟につながった。

現在、国税庁は生保各社に対して実施した経営者向け保険に関するアンケートや商品データをもとに、新しい税務取り扱いのルールを策定中だ。2月13日に生保各社に説明した内容に基づくと、「法人が自己を契約者とし、役員または使用人を被保険者として契約する保険期間3年以上の定期保険と第三分野保険」で、「ピーク時の解約返戻率が50%超となる商品」を対象として、現行の個別通達(長期平準定期保険、逓増定期保険、がん・医療保険)を廃止し、「単一的な資産計上ルールを新たに創設すること」が検討されている。要するに、保険種類を問わず、解約返戻率が50%超の商品に関しては、損金算入割合が見直される可能性が高いということだ。

この状況下で、現在生保各社は前述のプラチナフェニックスのような「災害保障重視型」の定期保険だけでなく、これまでの通達に則れば大手を振って販売できるはずの長期平準定期保険や逓増定期保険のうち、解約返戻率が50%超える商品までも、新しい税務取り扱いルールが決まるまでは、販売休止にせざるを得ない状況に陥っている。新ルールは国税庁から改正案が公表され、国民から広く意見を集めるパブリックコメントを経て正式に決定される。それを待ったうえで各社は、現在の商品をそのまま販売するのか、何らかの改定を加えて販売するのか決定することになる。いずれにしろ、商品販売が可能になる時期は5月末頃とも6月末頃とも憶測が流れるが現時点では未定だ。

現在焦点になっているのが、新ルールは通達の公表日以後の新契約からか、公表日以前の契約にまで遡って適用されるのかということだ。国税庁課税部の担当者は「現在検討中だが、過去に遡っての訴求の可能性もある」と話す。だがそうなれば現場の大混乱は必至だ。保険料が全額損金扱いになると思って契約した保険の税務の取り扱いが変わるのだ。保険契約そのものを解約する企業が増えるとみられる。そうなれば保険会社は想定より早い段階で解約返戻金の支払いに追われることになる。代理店や募集人も、早期解約では代理店手数料の返還などを求められる可能性もあり、販売サイドへの打撃は避けられない。

「節税保険」販売した側の責任

ただ今回の税務上の取り扱いを巡る騒動では、中小企業の経営者も大きな影響を受けている。なにしろ、問題視されている〝節税保険〟だけでなく、解約返戻金が50%を超える経営者向け保険のほとんどが販売休止になっているからだ。「税務通達に則り、適正な付加保険料の範囲で販売され、加入目的も節税に特化したわけではない極めて優等生な商品ですら中小零細企業の手元には届けられない」。前述の代理店経営者のAさんは悔しそうな表情を見せる。「金融庁が保険商品を認可する時に、国税庁に法人税の取り扱いに関しての見解を聞いていれば、問題はこれほど大きくこじれなかったのではないか」という恨み節も中小企業経営者から漏れ聞こえてくる。

節税を目的とした保険そのものに対しても懐疑的な声は出ている。相続・事業承継コンサルティングの専門集団である「A・B・U・K・U(アブク)の鉄尾猛司代表取締役は「中小企業の経営者に万が一のことがあった場合に、相続・事業承継を円滑に進めるために加入するのが経営者向け保険の本来の役割。そのために最も必要なのは十分な死亡保障であり、節税だけを目的とした保険には、相続・事業承継の〝そ〟の字もない」と語る。さらに続けて、「そうした保険の節税効果を得るために、解約返戻率のピーク合わせて一線を退き、解約返戻金を退職慰労金に充てるなどの販売手法が見受けられるが、保険の解約と自らの進退を合わせるほどおかしな話はない」と疑問を呈する。

今回、取材を進める中で、経営者向け保険を積極的に販売したある生保会社から、「法人向け保険はもう死んだ」という発言も聞かれた。また冒頭の協会の全体会議では、「平成の時代とともに節税商品は終わったと割り切って、次のことにチャレンジしていきたい」という趣旨の発言も、代理店経営者からあった。だが、それは時期尚早ではないか。保険という商品は物品などとは異なり、販売してそれで終わりというたぐいのものではない。購入した時点(入口)では顧客は保険の価値や効用を実感することはできない。いったん販売したら、その出口(保険金や給付金、解約返戻金受取りなど)までしっかりとサポートする必要がある。これはたとえ節税対策の保険であってもその基本は変わらないだろう。

たとえば今回問題視された災害保障重視型の定期保険にしても、第1保険期間の10年間は、万が一病気で死亡しても、支払った保険料総額を下回るおカネしか受け取れない。経営者がそのことを理解していたとしても、遺族からすれば高い保険料と釣り合わない保障の低さに納得いかない思いの人も出てくると見られる。実際、すでに募集人との間でトラブルになっている例もあるという。国税庁からは早晩今後の方向性が示されるだろうが、たとえどのような内容の通達が出ようとも、経営者向け保険の在り方について生保業界として原点に戻って考え直す必要性がある。

 

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